卒業論文 現代祈祷寺院の機能と構造

祈祷寺院

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祈祷寺院概要 祈祷寺院

祈祷寺院について

 祈祷寺院とは何かを語るにあたり、まず江戸時代における幕府の政策について述べる必要がある。キリスト教などの他宗教の介入により危機感を抱いていた当時の幕府は、二つの宗教政策を行うことで人々の信仰を規制し、寺院の権力を強めようとした。その二つの宗教政策というのが、「本末制度」と「檀家制度」の二つである。
 一つ目の制度は、本末制度だ。本末制度というのは、仏教寺院における本寺と末寺の封建的階級制度である。制度自体は中世から存在していたが、本格的に制度として定着したのは近世からであり、1615年に徳川家康が寺院法度を布下したのがきっかけである。この制度により、江戸幕府は全国の仏教寺院を宗派ごとに本山・本寺によって組織化させ統制させようとした。
 そして二つ目の制度が檀家制度だ。祈祷寺院の出現経緯を述べるにあたっては本末制度よりも檀家制度が大きく関わっている。圭室文雄氏は檀家制度の確立について以下のように述べている。

 檀家制度がこのように江戸時代において確立したため、日本では現在に至るまでその檀家制度の流れを汲んでいる。現在は当時のように檀那寺を自由に変えることができないというようなことはなく、自由に寺院を選べるが、檀那寺は当時のままのところも少なくない。このような檀家制度の確立による影響を大きく受けたのが祈祷寺院なのだが、理由としては、それ以降檀家寺を建立しても檀家を新しく得ることは事実上不可能であったということだ。それ故、お寺を新しく建立する際は檀家寺以外のお寺でなければその後の運営は難しいということもあり、これを境に祈祷寺院の数が増えていったのである。このことに関しても、圭室氏は次のように述べている。  祈祷寺院が出現し、その数を増やしていった背景として、寺院側と檀家側それぞれの思惑があった。寺院側としては、寺請制度が確立されている中では、新しく建てられた寺院は経営不可能であることだ。檀家側としては、当時の百姓の経営が安定してきて、寺院へ拠出できる剰余が創出されたことである。このような流れで檀家制度は確立し、祈祷寺院が出現するに至ったのである。つまり圭室氏の定義する祈祷寺院とは「寛永八年以降に建てられた寺院」のことである。
 よって、本稿では祈祷寺院を「寛永八年以降に建立された寺院で、祈願祈祷を中心に寺院を運営している寺院」と定義し論を展開する。

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